易経で自分らしさを磨く

今日の易占から/地域を楽しむ/観る力を養う

「今は漕ぎ出でな」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「火山旅」の「五爻変」でした。
  • 「旅」(りょ)は、厳しい道程を覚悟しながら準備を整えます。謙虚な姿勢で応じることがベターですね。 
  • 「五爻変」は目的が正しいので、獲物は逃げても栄誉は得られます。
  • 本日のテーマは、「今は漕ぎ出でな」とします。

 

〇「地域を楽しむ」

  • 当地域・四條畷ゆかりの持統天皇・幼名「鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)」は、天武天皇の遺志を引き継いで国史の編纂を進めました。
  • そして697年(持統11年)には、孫の珂瑠皇子(かるのみこ・後の文武天皇)に譲位して、太上天皇として朝廷を支えながら、わが国最古の歌集である『万葉集』の編纂を始めます。
  • 全20巻・4500首余に及ぶ膨大な『万葉集』は、その「巻一」が持統天皇自ら編んだ「持統万葉」といわれる「母体」として引き継がれ、桓武天皇の時代に大伴家持らによって完成されました。
  • この『万葉集』には、国の正史である『日本書紀』では記せない、天皇を始めとする当時の人々の思い・情念が、一首一語一音に込められています。

 

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「万葉かるた」から

〇「観る力を養う」

  • 今日のテーマ「今は漕ぎ出でな」は、『万葉集』の「巻一(八)」に収録されている歌で、661年(斉明7年)斉明天皇が四国の伊予・熟田津(今の愛媛県松山市にあった港)へ行幸し、そこから九州へ渡る時に額田王(ぬかたのおおきみ)が詠んだ次の一首から引いたものです。

『熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば潮(しほ)もかなひぬ今は漕ぎ出(い)でな』

  • 熟田津から船出しようと月を待っていると潮の流れもちょうど良くなった。さあ今こそ漕ぎ出でよう。」という歌の祈りが通じたのか、このときの天皇一行は、港から出航し無事に九州にたどり着きました。
  • しかし、その後、筑紫の地で斉明天皇が急死し、663年(天智2年)には、天皇不在のまま中大兄皇子の指揮によって率いられた新羅征討軍も「白村江の戦い」で惨敗します。
  • 当時は、決戦に向かう船を漕ぎ出す日和やタイミングを選ぶのは、まさに命懸けの決断だったことでしょう。