易経で自分らしさを磨く

今日の易占から/地域を楽しむ/観る力を養う

「身心一如」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「沢山咸」の「四爻変」でした。
  • 「咸」(かん)は、フィジカルに感応するとき。メンタルな面も意識して心身のバランスを保ちます。 
  • 「四爻変」ですから、自分のドメイン(活動領域・守備範囲)企業でいえば「本業」を守ることがベターですね。
  • 本日のテーマは、「身心一如」とします。

 

〇「地域を楽しむ」

  • 当地域・四條畷ゆかりの小楠公・楠正行は、父・正成と同様に観心寺において、仏僧・龍覚坊から人生の重要な局面で教えを授かり、その中では禅の教えにも導かれています。
  • わが国における禅は、鎌倉時代の僧・栄西に始まり、その後13世紀の中頃には、僧・道元によって「座禅」などの修行法が広められます。
  • 鎌倉末期から南北朝の時代には、無学祖元・明極楚俊・夢想疎石・文観…等々、幕府の執権・北條家によって中国・明から招かれた高名な禅僧などが、数多く活躍しています。
  • なお、四條畷市域にある寺院では、東部・上田原にある「月泉寺」が曹洞宗のお寺です。

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    月泉寺(小冊子「なわて学第8号」から)

〇「観る力を養う」

  • 本日のテーマ「身心一如」は、曹洞宗を開いた道元禅師がその著「正法眼蔵」の中で説いた言葉です。(先達の僧・栄西が、「身心一如」と語ったのが最初ともいわれますが…)
  • 永平寺などの禅寺では、厳しい修行によって体に覚え込ませ心に働きかける。つまり心と体を一体のものとして捉え、共に鍛えることによって仏法の説く悟りの道をめざします。
  • 悟りの手段として修行があるのではなく、修行と悟りは一体のものだという「修証一如(しゅしょういちにょ)」という言葉も、道元の思想を表しています。
  • 養老孟司氏の説によれば、心と体を対比していう場合、戦国時代以前は「身・心」で、江戸時代以降は「心・身」の順になっているようです。
  • 心と体のいずれに重点を置くのかによりますが、現在では「心身一如」の方が、通例の表現といえるでしょうか。
  • 禅宗では、身を離れた心はなく、心は無常の身の上に成り立つものとされますから、参禅する人々にとっては「身心一如」とする方が、修行時の実感に合致するのかもしれません。