易経で自分らしさを磨く

今日の易占から/地域を楽しむ/観る力を養う

「最初の一歩」

〇「今日の易占から」
・ 今日の易占は「天沢履」の「二爻変」でした。
・ 「履」(り)は、天命を信じて自分の使命を果たすべく、行動・実践に踏み出します。 
・ 「二爻変」は、「志」つまりビジョンを持って行動に移すときです。
・ 本日のテーマは、「最初の一歩」とします。

 

〇「地域を楽しむ」
大阪都市圏の成り立ちを遡ると、その第一歩は、室町時代浄土真宗の僧で本願寺中興の祖「蓮如」に行き着きます。
蓮如上人は、隠居して「信證院」と号した後の1496年(明応5年)9月、大坂・石山(現在の大阪城の辺り)の地に居を移して大坂御坊(後の大坂本願寺石山本願寺)を建立します。
・ いわゆる「寺内町(じないちょう、じないまち)」の始まりです。
・ 「寺内町」とは、室町時代浄土真宗などの仏教寺院、道場(御坊)を中心に形成された自治集落のことで、濠や土塁で囲まれるなど防御力を備えたエリアには、信者だけでなく商工業者などが住み活動していました。
・ 大坂(石山)本願寺は、1530年代に自治特権を獲得し、1560~1580年の第11代・顕如の頃には、エリア内の人口が2万人以上といわれ、イエズス会の宣教師が「日本の富の大部分が、この坊主の所有」と記すほどの経済力を誇るようになっています。
・ この地に早くから着目していた織田信長、そして豊臣秀吉が信長の遺志を継ぐように、1584年(天正12年)に「大坂城」を完成させたわけです。(図は和歌山市立博物館所蔵「石山合戦配陣図」の本願寺部分)

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ウィキペディア石山本願寺」から

〇「観る力を養う」
・ 本日のテーマ「最初の一歩」から、蓮如上人が布教のために使った手法である『御文』(御文/『御文章』ごぶんしょう)を取り上げます。
蓮如の『御文』は、教義を手紙の形で教えを分かりやすく説いたもので、後に蓮如の孫・円如がこれを収集して五帖80通(『五帖御文』)にまとめています。
蓮如上人の高弟・道西(どうさい)によって開かれた「善立寺(ぜんりゅうじ)」(滋賀県守山市金森)には、1461年(寛正2年)に蓮如上人が初めて書き送った『御文』が保存されているそうです。
・ 道西は、若い頃から金森によく足を運んでいた蓮如上人と親しい関係にあり、1465年(寛正6年)に本願寺が壊されたときに蓮如上人を招いています。蓮如上人は、金森に三年間滞在し『御文』も活用しながら琵琶湖南部など各地に布教活動を続け、そして大坂へと展開していきます。
・ 1499年(明応8年)、大坂・石山の本願寺から山科本願寺に帰還し、その生涯を終えました。