易経で自分らしさを磨く

~『易経カード』を人生のシグナルに~

「言い訳と弁明」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「沢水困」の「五爻変」でした。
  • 「困」(こん)は、苦しむ状態、不可欠なものが得られないときです。今は将来の目標を信じて耐え忍ぶのみ。 
  • 「五爻変」は、大いに苦悩し、一心に祈り続けると光明が射します。
  • 本日のテーマは、「言い訳と弁明」とします。

 

〇「地域を楽しむ」

  • 当地域・四條畷市は、税収構造から観ると従来から法人税収が比較的少なく、同じような人口規模の都市自治体の中でも財政力の脆弱なまちです。
  • 約半世紀が経過した市政を振り返ると、三代目の市長・田中夏木氏の功績が思い起こされます。
  • 田中市長は、企業経営者であり市の財政の再建・健全化に注力し、特に大型商業施設の誘致に力を注いで、その実現の道筋をつけたことが印象に残っています。
  • 残念なことに2012年(平成24年)、3期目の任期途中に病に倒れ辞任されましたが、私の個人的な印象では「言い訳せず行動で示す」タイプの人物でした。
  • その3年後の2015年(平成27年)10月、第二京阪道路国道170号線の交差する四條畷市寝屋川市に跨る約6haの敷地に、大型ショッピングセンター「イオンモール四條畷」が開業しています。(敷地内からは、古墳時代後期の集落や田んぼなど、多くの貴重な文化財も発掘されました。)
  • 商業店舗の総面積が5haの「イオンモール四條畷」は、全国のイオンモールの中でもトップ20に位置する規模であり、コロナ禍の今も強い集客力を発揮しているようです。

    f:id:okarina1952:20210105111405p:plain

    イオンモール四條畷

 〇「観る力を養う」

  • 本日のテーマ「言い訳と弁明」は、その意味と使われる際のニュアンスについて書いてみました。
  •  まず「言い訳」は、素直に解すると「筋道をたてて物事を説明し弁解する。あるいは、過失・失敗などをわびる。」という意味ですが、現実の場面では、「自分の言動を正当化するために事情を説明する」といったニュアンスで使われることが多いように思います。
  •  「弁明」の方は、自分の事情を説明して相手を納得させるという意味で、謝罪や言い逃れのニュアンスはなく、事実に即して状況を説明して相手に理解を求めているように思います。
  •  さて、古代ギリシャの哲人・ソクラテスは、釈迦、キリスト、孔子と並び四聖人(四聖)に数えられ、その弟子・プラトンが著した『ソクラテスの弁明』から、いわゆる「問答法」で審理を求め、人々の理解と納得を求めていく論法が伝えられます。
  • ソクラテスは、一貫した弁明にもかかわらず死刑の宣告が下されますが、「死は偶然ではなく神々の思し召し」として受け止め、最期まで有罪宣告に関わった人々に対しても憤ることはなかったとのことですね。

「上手に断る」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「天山遯」の「五爻変」でした。
  • 「遯」(とん)は、危険を察知して、その状態から逃れるときの心得を説きます。 
  • 「五爻変」ですから、自分の志を堅持してタイムリーに難を逃れます。
  • 本日のテーマは、「上手に断る」とします。

 

〇「地域を楽しむ」

  • かつて北摂能勢町に「大阪府立総合青少年野外活動センター」という施設がありました。
  • この施設は、1967年(昭和42年)に大阪府によって約20ha(甲子園球場5個分)の敷地に開設され、2011年(平成23年)3月末に閉所されるまでの約半世紀にわたり、大自然の中で専門的な知識と技術を持った指導者の下で学べる公的な施設として、各方面から愛用されていました。
  • 開設当初は、全国に先駆けた青少年育成施設として、国と自治体の施策を先導する役割も担い、その後、市町村を含め多くの自治体がこうした施設を開設していきました。
  • この施設を廃止するについては、府議会でも様々な議論がありましたが、主に、①先導的な役割を終え、他に利用できる施設が近隣にあったこと ②施設設備が老朽化して安全な使用に耐えなくなっていたこと ③新たな活用方策を見出す道が用意されていたこと、という3つの理由から原案通り可決され、その後地元の能勢町に敷地とともに引き継がれました。
  • さて、この敷地や建物は、その後どうなったのでしょうか。次の項目で観てみます。

 

 〇「観る力を養う」

  • 閉所後の大阪府立総合青少年野外活動センターについては、地元・能勢町が2015年(平成27年度)に、豊かな自然環境を活かしながら交流人口の増加や賑わいの創出など地域活性化に繋がる事業跡地活用の提案募集を行いました。
  • その結果、提案のあった以下の2事業が採用され、その後事業活動が展開されています。
  • 1つは、施設跡地のうち約8haを活用した「株式会社 冒険の森」によるアウトドアパーク「冒険の森inのせ」です。(2016年7月オープン)
  • 池の上空を滑空するジップライン(樹間距離536m、517m)をはじめ、多様なアクティビティが体験できる「ツリー トップ アドベンチャー」と、施設内をセグウェイで散策する「フォレスト セグウェイツアー」という2つのプログラムが提供され、以下のように利用を呼び掛けています。

『高い場所にロープを張って造られたアスレチック施設・ハイ ロープス コースは、これまでアメリカやヨーロッパの技術を用いて建設されてきました。…1次産業ではなく3次産業としての林業を提案、カタチにしました。』『木登りやアスレチックとは違う、これまでにない非日常的な森林冒険施設でさまざまな遊びに挑戦してみませんか。』

f:id:okarina1952:20210104141016p:plain

「冒険の森inのせ」のホームページから
  • もう1つは、施設跡地のうち約12haを活用して「株式会社 ふるさと創生研究開発機構」 が運営するドローンの操縦体験や技能練習が行えるドローンフィールドで、以下のように紹介されています。

『各種産業や消防・防災などでの活用が期待されているドローンを体験されてはいかがでしょうか。』(㈱ふるさと創生研究開発機構のホームページから)

  • さて、本日のテーマ「上手に断る」から、公的施設の廃止とその後の財産の利活用に話題が飛んでしまいました。
  •  長い間多くの人々に利用され愛されてきた施設などを廃止するのは、身近な例を引くと大切な友達からの頼みごとを断るのと同様に、難しい決断にならざるを得ないときがあります。
  •  「上手に断る」ための原則は、やはり断る場合の「決断、その理由、関係者への心遣い」をきちんとしておくこと、といえるでしょう。
  • 私自身は「断ること」が苦手で、時として優柔不断を絵にかいたような状態に陥りがちな人間ですが、公的な資源は常に有効活用が求められるのと同様、「自分の一生」という時間とエネルギーの限られた資源を少しでも価値の高いものにするためには、「上手に断る」ことも大切だと思うのです。

「旨いものは宵に食べ、旨い話は二度考える」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「水沢節」の「上爻変」でした。
  • 「節」(せつ)は、節度を心得る。甘い話や好い条件でも、自らを律してより厳しい道を選びます。 
  • 「上爻変」ですから、節制が過ぎると、何か楽しめない人生になってしまいそうですね。
  • 本日のテーマは、「旨いものは宵に食べ、旨い話は二度考える」です。

 

〇「地域を楽しむ」

  • 少し前に泉佐野市と国の裁判で一定の決着を見た「ふるさと納税制度」ですが、さすがに最近は、「なりふり構わぬ自治体の寄付集め」や「納税とは名ばかりの返礼品漁り」などが、あまり話題に上らなくなりました。
  • ネットで観ると、当地域・四條畷市の案内サイトもかなり変貌していました。寄付額に応じた返礼品の選択肢も180件ほどあるのです。(泉佐野市は300件以上ありますから、少ない方か?)
  • その中から、私の独断で2点だけ選んで紹介してみます。
  • まず1つは、『正行像賛扇子』です。品物の内容紹介は次のとおりです。

江戸時代の初め、加賀藩前田綱紀公の命によって狩野探幽が描いた『楠公父子訣別図』の賛文として、明の儒臣、朱舜水は正成公に三首、正行公は一首残していました。
正成公の一首は、徳川光圀が建立した、神戸湊川神社の「嗚呼忠臣楠子之墓」の碑陰に刻まれたことで世に出、多くの人が知っています。しかし、正行公の一首は、その存在すら一部の研究者にしか知られず、図書館収集の朱舜水全集等に一部が納められるのみで、世に出ることはほとんどありませんでした。
この正行像賛扇子は、資料の極めて少ない楠正行について、一人でも多くの人に正行の顕彰と、その人間像等について理解が進むことを願って作ったものです。

f:id:okarina1952:20201231193348p:plain

「正行像讃扇子」(市の返礼品サイトから)
  • 2つ目は、市域では数少ない宿泊施設の一つ、『茶屋宿 伊勢屋』の内容紹介です。

忠義の武将 楠正行公を祀る四條畷神社の麓に佇む小さな宿を夫婦二人で営んでおります。
日頃の喧騒を忘れ、四季の移ろいを感じながらゆっくりとした時間を過ごしながら、大阪産黒毛和牛「なにわ黒牛」など地産地消にこだわったお料理をお召し上がりいただけます。
豪華な設備や温泉などの特別な施設はございませんが、大阪の食材の美味しさを発信すべく夕食・朝食ともにお料理は茶屋宿 伊勢屋自信を持って提供しております。
今回ご提供するのは、茶屋宿 伊勢屋で1番人気のなにわ黒牛特選コースのディナーと大阪産食材を存分に使用した朝食の2食付き宿泊券となっております。大阪 なにわの食です。

f:id:okarina1952:20201231193603p:plain

「茶屋宿 伊勢屋」(市の返礼品サイトから)

 〇「観る力を養う」

  • 本日のテーマ「旨いものは宵に食え、旨い話は二度考えよ」は、まずそれぞれの意味から考えます。
  •  前段は、「旨いものも一晩経過すると味が落ちてしまうので、夜のうちに食べたほうがいい」という意味から、「良いことはためらわずに早くやるのが得である」ことを説いています。
  •  後段は、「旨い話には裏があり危険の伴うことが多いので、すぐに飛びつかずに熟慮するのがよい」という戒めです。
  •  さて、 儒教でいう「中庸」の「中」は、偏らないことですが、「中を取る」や「足して2で割る」というような、単に大小や上下の中間を取ればよいという意味ではありません。
  •  それは常に、時々に物事を判断する上でどちらにも偏らず、早からず遅からず、かつ自分を含めて関係者が理解し納得できる結果を導くものです。
  • 人間社会で「中庸」をわきまえるのは、容易いことではありません。私のような凡人の場合には、『易経』が説く「節度」を日頃の自然な行動スタイルに組み込むことが、まずは基本のように思います。

「食文化を支えるもの」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「山雷頤」の「初爻変」でした。
  • 「頤」(い)は、生計を維持する道、食事や言動を節度あるものにします。 
  • 「初爻変」ですから、自分らしさを忘れて他人を羨むようではダメですね。
  • 本日のテーマは、「食文化を支えるもの」とします。

 

〇「地域を楽しむ」

  • この間は、コロナ対策で外食も今まで以上に安全・安心が求められる状況ですが、元来、大阪は「食い倒れのまち」「天下の台所」と呼ばれる食文化の拠点であり、リーズナブルな価格で多様な食事ができて、しかも美味しい大阪の「食文化」は、すでに大切な観光資源にもなっています。
  • 400年ほど歴史を遡ると江戸時代、「大坂」は古くから陸海交通の要衝であり、全国から新鮮な食材が集まり、商業活動の隆盛は食文化にも大きな影響を与えました。
  • 多くの大名が、中之島などに蔵屋敷をおいて、米や地方の産物を運び込みお金に替えていたわけです。
  • そうした機能を担う場として、堂島には米市場、天満には青物市場と雑喉場(ざこば)の魚市場という三つの大きな市場があり、とりわけ堂島米市場は、そこで取り引きされた米の価格が、全国の米価の基準になる金融中枢機能を握っていました。
  • 近年、 長い歴史の中で育まれてきた多様な食資源、そこから生まれてきた食文化の蓄積を活かして、「食の都・大阪」を一つのブランドに構築しようとする産学官の取組みが、2008年(平成20)頃から進められてきました。
  • この取組みのめざすイメージが、「大阪食彩ブランドプロジェクトチーム報告書」(平成20年3月)の中に提示されています。(大阪商工会議所のホームページから)

    f:id:okarina1952:20201230172656p:plain

    「食の都・大阪」のめざす将来像(大阪商工会議所のH.P.から)

 〇「観る力を養う」

  • 故事・俗言から、「食い倒れのまち」とも呼ばれる大阪。大阪人は財布の中身を気にしないくらい食べることに執着があるということでしょう。
  • 前述の「食の都大阪」を推進する大阪商工会議所のホームページには、大阪発祥の食べ物が以下のとおり例示されています。(論争のあるものは省いてる!?)

○塩昆布○まむし○粟おこし○大阪寿司○バッテラ○栄養菓子グリコ○オムライス○ホルモン料理○うどんすき○マロニー○インスタントラーメン○カップ入り即席麺○粉末即席カレー○レトルトカレー赤玉ポートワインサントリーウィスキー白札○きつねうどん○回転寿司

  • 「京都の着倒れ、神戸の履き倒れ、江戸の飲み倒れ」ともいわれます。グローバルに観れば小さな日本列島でも、それぞれの地域、それぞれの住民に独特の生計のパターンがある。これも興味深いことですね。

「身心一如」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「沢山咸」の「四爻変」でした。
  • 「咸」(かん)は、フィジカルに感応するとき。メンタルな面も意識して心身のバランスを保ちます。 
  • 「四爻変」ですから、自分のドメイン(活動領域・守備範囲)企業でいえば「本業」を守ることがベターですね。
  • 本日のテーマは、「身心一如」とします。

 

〇「地域を楽しむ」

  • 当地域・四條畷ゆかりの小楠公・楠正行は、父・正成と同様に観心寺において、仏僧・龍覚坊から人生の重要な局面で教えを授かり、その中では禅の教えにも導かれています。
  • わが国における禅は、鎌倉時代の僧・栄西に始まり、その後13世紀の中頃には、僧・道元によって「座禅」などの修行法が広められます。
  • 鎌倉末期から南北朝の時代には、無学祖元・明極楚俊・夢想疎石・文観…等々、幕府の執権・北條家によって中国・明から招かれた高名な禅僧などが、数多く活躍しています。
  • なお、四條畷市域にある寺院では、東部・上田原にある「月泉寺」が曹洞宗のお寺です。

    f:id:okarina1952:20201229112949p:plain

    月泉寺(小冊子「なわて学第8号」から)

〇「観る力を養う」

  • 本日のテーマ「身心一如」は、曹洞宗を開いた道元禅師がその著「正法眼蔵」の中で説いた言葉です。(先達の僧・栄西が、「身心一如」と語ったのが最初ともいわれますが…)
  • 永平寺などの禅寺では、厳しい修行によって体に覚え込ませ心に働きかける。つまり心と体を一体のものとして捉え、共に鍛えることによって仏法の説く悟りの道をめざします。
  • 悟りの手段として修行があるのではなく、修行と悟りは一体のものだという「修証一如(しゅしょういちにょ)」という言葉も、道元の思想を表しています。
  • 養老孟司氏の説によれば、心と体を対比していう場合、戦国時代以前は「身・心」で、江戸時代以降は「心・身」の順になっているようです。
  • 心と体のいずれに重点を置くのかによりますが、現在では「心身一如」の方が、通例の表現といえるでしょうか。
  • 禅宗では、身を離れた心はなく、心は無常の身の上に成り立つものとされますから、参禅する人々にとっては「身心一如」とする方が、修行時の実感に合致するのかもしれません。

「情理を尽くす」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「地風升」の「四爻変」でした。
  • 「升」(しょう)のときに心掛けることは、①時を得る ②実力を養う ③後援者を得る の3つ。着実に伸び栄えます。 
  • 「四爻変」ですから、実力が行使できる立場にあっても、謙虚に振舞います。
  • 本日のテーマは、「情理を尽くす」とします。

 

〇「地域を楽しむ」(本日の内容や写真は、四條畷市寝屋川市のホームページから)

  • 大陸の制度にも学びながら、古代から中世後期にかけて行われた土地区画(管理)制度として「条里制」があります。7世紀中頃の645年(大化元年)の「改新」で農地の区画整理が行なわれたのが最初といわれます。(本日のテーマにある「情理」とは字も意味も異なりますが…)
  • 「条里制」は、一辺が360歩(約648メートル)の正方形で区画し、南北に「条」、東西に「里」と称して一区画がさらに36等分に区画され「坪」と呼ばれました。その一辺は60歩(約108メートル)です。
  • 当地域・四條畷の西部市街地に「讃良郡(さらぐん)条里」と呼ばれる条里制の名残があります。
  • 今から8年程前に発掘された「讃良郡条里遺跡」は、四條畷市から寝屋川市にかけて広範囲に広がる遺跡で、縄文時代から江戸時代まで続くムラの跡です。
  • この発掘調査では、2メートル程掘ったところから奈良時代の銅鏡が出土しています。
  • 銅鏡は、当時の朝廷の関係者や王権の有力後援者に与えられる貴重な品物とされていますが、これは海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)という種類で、直径9センチメートル、中央に鈕(ちゅう)と呼ばれるつまみのようなものがあり、そこに鈕孔(ちゅうこう)という紐を通すための穴があって、その周りに獣が4匹描かれ、その外側には葡萄と考えられる文様があります。

    f:id:okarina1952:20201228114120p:plain

    讃良郡条里遺跡から発掘された「銅鏡」

 〇「観る力を養う」

  • 「情理を尽くす」は、私なりに「人情・事情を考慮して、道理に適うように努力すること」と理解しています。
  • 易経』の「升」卦から導かれる「3つの心掛け」(①時を得る ②実力を養う ③後援者を得る)は、組織の中で実績を挙げて、次第に上級幹部に昇任・登用される人物に求められる要件を端的に説いています。

「花は野にあるよう」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「沢風大過」の「五爻変」でした。
  • 大過」(たいか)は、力や資源を内に抱え込んで、活かし切れない状態です。今できることから処理していきます。 
  • 「五爻変」ですから、身勝手な振る舞いは少々恥ずかしいですね。慎みます。
  • 本日のテーマは、「花は野にあるよう」とします。

 

〇「地域を楽しむ」

  • 1522年(大永2年)、大坂・堺の納屋衆(倉庫業田中与兵衛の長男として生まれた千利休は、 茶の湯・侘び茶を完成した茶人です。そのための独自の〝茶室〟も創案しています。
  • お茶は、19歳で家業を継いでから南宗寺で禅とともに修行し、1542年(天文11年)20歳の時、三好長慶の妹と結婚して一男四女をもうけます。30代から40代後半までは、ほとんど堺を離れず家業に打ち込んでいたようです。
  • 茶室には、さりげなく空間を飾り、そして季節の彩りや香りを醸し出す生け花も不可欠な要素です。

    f:id:okarina1952:20201227152138p:plain

    千利休肖像画堺市博物館蔵)

 〇「観る力を養う」

  • 本日のテーマ「花は野にあるよう」は、利休の人との接し方(もてなし方)の基本的な考えが凝縮された、以下の「利休七則」の3つ目にあるフレーズです。
  1. 茶は服のよきように点て:相手の状況や気持ち察して、飲みやすい適度な温度と量にする
  2. 炭は湯の沸くように置き:準備の重要性、段取りに必要なポイントをおさえる
  3. 花は野にあるように:その花の咲いていた状態を感じさせる姿に生けるようにする
  4. 夏は涼しく冬暖かに:季節に応じ、相手にとっての心地よさを思いやる心で工夫する
  5. 刻限は早めに:自分の心でイメージする時間の流れを常に先行させ、ゆとりを持って人に接する
  6. 降らずとも傘の用意:不測の事態を想定し、備えを怠らないよう心掛ける
  7. 相客に心せよ:同じ場所に居合わせたら、お互いに気遣い、思いやる心を持つ