易経で自分らしさを磨く

~『易経カード』を人生のシグナルに~

「お笑い文化の伝統」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「兌為沢」の「初爻変」でした。
  • 「兌」(だ)は、仲間と和やかに悦びを共有します。調子に乗り過ぎないように…。
  • 「初爻変」ですから、日頃の信頼関係が大切ですね。
  • 本日のテーマは、「お笑い文化の伝統」とします。

 

〇「地域を楽しむ」

  • 当地・四條畷市には、2012年(平成24年)から5人の観光大使が任命されています。
  • 四條畷在住の落語家「桂南光師匠」もその一人で、毎年秋に地元の市民総合センターを会場に、桂米朝一門の面々とともに「なわて落語会」(四條畷市教育委員会・市立公民館主催)が続けられていて、毎回大好評を博しています。
  • 地元住民としては、このお陰で身近な場所で定期的に、しかも手頃な入場料で一流の上方落語を楽しめるわけですね。
  • 桂南光師匠の落語会への入門は1970年(昭和45年)で、当時の高座名は「3代目桂べかこ」でした。
  • その後1993年(平成5年)11月に「3代目桂南光」を襲名しています。「南光」の名跡は、初代が桂文左衛門(2代目桂文枝)、2代目が桂文左衛門で由緒あるものですが、その襲名は桂米朝師匠の薦めによるものと伝えられます。南光師匠が大阪府千早赤阪村の出身であることから、地元ゆかりの大楠公楠木正成にもちなんでの命名です。

 

〇「観る力を養う」

  • 本日のテーマ「お笑い文化の伝統」について、落語を中心にひもといてみました。
  • 江戸時代の元禄期、露の五郎兵衛が京都・四条河原や北野などの大道で台に座って滑稽な話「辻噺」を語ったのが「噺家」、落語家の始まりとされています。
  • その少し後に、大坂では米沢彦八が現れて、生玉神社の境内で小屋掛けの「辻噺」をおこない、名古屋でも公演したと伝えられます。
  • 有名な『寿限無』の元になる話は、この初代彦八の作といわれ、出身地の大阪市中央区の「生国魂神社」では、毎年9月に「彦八まつり」が催されています。
  • 戦後の厳しい復興期、笑いを通じて多くの人々を元気づけた上方落語も、1957年(昭和32年)に「戎橋松竹」が閉場して以降「寄席」が途絶えていました。
  • そして2003年(平成15年)、上方落語協会会長に就任した桂三枝師匠(後の6代目桂文枝)が、落語会を行える場の提供を天神橋筋商店街天六商店街)の関係者に依頼したことから、「繁昌亭」の構想が始まります。
  • 天六商店街関係者が大阪天満宮に相談を持ち込み、上方落語協会も交えて協議を重ねた結果、大阪天満宮の境内地に落語専門の定席を新設することで合意し、用地は大阪天満宮・寺井種伯宮司(当時、四條畷神社宮司を兼務)の厚意により、無料で提供されました。
  • こうして2006年(平成18年)9月「天満天神繁昌亭」がオープンし、半世紀ぶりに大阪に寄席が復活することになったわけです。
  • 立地場所は、1912年(大正元年)に吉本興業の創業者:吉本吉兵衛・せい夫妻が開いた「第二文芸館」のすぐ近く。「繁昌亭」は、2019年(令和元年)7月にリニューアルオープンし、多くの人々に親しまれています。

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    天満天神繁昌亭の外観
  • ここ大阪は、落語界をはじめ「お笑い文化」を支える多くの人材を輩出し、新たな「笑い」を常に発信し続けている拠点です。
  • 「お笑い文化」は、引き続き大阪の誇りある財産として、私も応援していきたいと思います。