易経で自分らしさを磨く

今日の易占から/地域を楽しむ/観る力を養う

「氏神と鎮守(ちんじゅ)」

〇「今日の易占から」

  • 今日の易占は「風水渙」の「上爻変」でした。
  • 「渙」(かん)は、散るとき。チームの結束を固めることが大切です。 
  • 「上爻変」は、前途に難が待ち受けていますので、感覚を研ぎ澄ましてこれを避けます。
  • 本日のテーマは、「氏神と鎮守(ちんじゅ)」とします。

 

〇「地域を楽しむ」

  • 当地・四條畷にも、古くから地元の守り神として祀られてきた神社が幾つかあります。
  • 「津桙神社」はその一つですが、市史・由緒の記述等によると、物部氏系の豪族・津桙氏の氏神として創建され、祭神は応神天皇・熊野皇大神とされていました。
  • かつての甲可村(現在の四條畷市)の岡山・八幡山に、奥之宮・下之宮と境内地など15,000坪の敷地を持って鎮座し、平安時代の927年 (延長5年)に選定された『延喜式神名帳』には「河内国讃良郡鎮座 津桙神社」と記されています。
  • 江戸時代になって、3代将軍・家光が大坂城を築き直した頃の1634年 (寛永11年)、忍岡の地に遷座しました。
  • その後、明治の末1911年 (明治44 年)になって、鎮座地の地名に因んで「忍陵神社」と改称され、このとき同時に、砂東村(字名:奈良田周辺)の氏神「馬守社」と砂西村(砂地区一帯)の氏神「大将軍社」が合祀されて、今日の「忍陵神社」に至っています。

 

〇「観る力を養う」

  • さて本日のテーマにある「氏神」は、一族一統の神として、古代からその氏族が祀った神であり、いわゆる祖先神がほとんどでした。
  • また「鎮守」は、その土地に鎮まりその地とそこに暮らす人々を守る神のことです。
  • 平安時代以降になると荘園が形成され私的領地が広がったため、氏族社会が崩壊し氏神は衰退していきます。この荘園の領主が祀るようになったのが「鎮守」とされています。
  • 室町時代以降には、武家社会の領地支配が進むにつれて、「鎮守」や「氏神」が移転・合祀されていきました。
  • わが国は、時代の変遷や経済成長とともに、まちの姿かたちは大きく変わりましたが、今日でも子どもの頃に親しんだ「鎮守の杜」や「氏神」に由来する神社が、どの地域にも残されています。
  • 多くの日本人は、別に強制されなくても年の初めには「初詣」に出かけ、どこかの神社で身を清め、賽銭というお布施をし、そして祈ります。
  • 新型コロナの影響で、この年末年始の外出は少々危ぶまれますが、古来から自然に親しみ八百万の神々を敬う心を祖先から受け継いできた我々の祈りは、たとえ祈る場所やスタイル・方法が変わっても通じるはずですね。